村上春樹へ取材の敏腕編集者・白川雅敏‐イシスの“らくだ”【前編】

2019/10/31(木)21:56
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 ポール・オースターの名訳で知られる翻訳家・柴田元幸氏へアプローチをかけ、インタビュー集『ナイン・インタビューズ 柴田元幸と9人の作家たち』(柴田元幸など、アルク)の編集・出版を果たした白川雅敏(44[守]師範)。
 本職は、語学出版社の編集者だ。同著のための村上春樹氏への取材は、村上氏の自宅で行われた。編集者冥利につきる機会を創出した。

 輝かしき白川の編集キャリアに、一枚のイラストが転機をあたえた。11[離]を受講中のことだ。自画像を描くお題で自らを“らくだ”になぞらえ、太田香保総匠の爆笑を誘う。必然性のない意匠に、松岡正剛校長からは「で、それでどうする?」とツッコミがはいり、あげくには39[守]師範代デビュー時の教室名は「全部らくだ教室」。直球過ぎるネーミングに、発表時の会場では失笑のさざなみがおこった。

  “らくだ”として再出発をした白川。3度目の師範ロールを担うが、その道のりは平たんではない。
  19年9月の第70回感門之盟前夜のリハーサル。“らくだ”は万全の準備でいどむも、「ほかの人と同じことをしてはいけない」と、イシス林頭・吉村堅樹から叱責をうける。実情は、桂大介(43[守]師範・当時)と同じテーマを選び、たまたま桂の後に発表しただけのことだった。同僚師範は「いつも理不尽な目にあうよねぇ」とささやきあい、「同じテーマでも師範の異なる見方がみえていいんじゃない」と話していた鈴木康代学匠も、そしらぬ顔をする。
  リハーサルで殺気立つ吉村からのダメ出しと、“らくだ”の徹夜のやり直しは、今や風物詩だ。「リハーサル後に、“らくだ”と一杯やる約束をしてはいけない」が師範陣の共通了解となっている。

 白川は、突然に“らくだ”になったのか。実はそうではない。かねて家族から「歩きかたがおそい。まったく“らくだ”なんだから!」となじられてきた。そのうち“らくだ”という言葉が白川の「らしさ」をじわじわと輪郭づけていった。
 だが、本物のらくだは時速65Kmで走る。白川の出身地の新潟県上越市は豪雪地帯で、らくだ生態圏ではない。らくだは木の葉ばかり食べるが、白川は海鮮料理も好む。白川は“らくだ”ではない。“らくだモドキ”なのだ。


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  • 井ノ上シーザー

    編集的先達:グレゴリー・ベイトソン。湿度120%のDUSTライター。どんな些細なネタも、シーザーの熱視線で下世話なゴシップに仕立て上げる力量の持主。イシスの異端者もいまや未知奥連若頭、守番匠を担う。

コメント

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山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

山田細香

2025-06-10

 藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。

堀江純一

2025-06-06

音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。