この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。

入伝式で事件は起きた。
「みなさんはまだ『守』です」
編集64技法を護符のように身にまとった林頭 吉村堅樹が言い放つ。本楼がざわついた。
それを聞いているのは、[破]を突破し、花伝道場の戸口に立った24名の入伝生。そして、彼らを師範代へと叩きあげるべく真剣を研ぐ15名の師範陣。吉村によれば、突破者も師範もどちらもが、守破離でいえば守のステータスだという。どういうことなのだろうか。
「守破離」とはもともと、江戸の茶人・川上不白が説いた芸道の成長プロセスのことである。不白はこう書いている。「弟子ハ守ヲ習尽」すれば「オノズト自身より破ル」。
吉村は問う。「[破]を終えて、なにか破れましたか」「ぼくは[守]の型をなにも使えていないということだけがわかりました」 自身の体験を無念そうに思い返していた。
イシスの[破]コースでは、世界を再表象することによって、これまで慣れ親しんでいた見方を破る。しかし、[守]を習い尽くすのとはわけが違うのだ。花目付 深谷もと佳も「[離]を出ても型がわからず、居残り稽古のつもりで花伝所に入った」と重ねた。
■守破離花、師範代までワンセット
イシスの[守]で学ぶのは、いわずもがな編集術の型である。その型を代行し、体現するのが編集学校の師範代だ。師範代としての稽古をしない限り、「編集道の守」をまっとうしたとは言えないのだ。
吉村は、赤チョークに持ち替え、黒板に書かれた守破離の文字をぐりぐりなぞる。
「編集道の守は、イシスの[守・破・離]と、師範代を終えるところまでです」
■先達の思いをのせた型を学ぶ
35[花]入伝式、冒頭挨拶で深谷は問いかけた。「私たちは、なぜ型を学ぶのでしょう」
吉村は「夢の共有のため」と応じた。型には先達の思いが載っている。型を継承することで、思いが共有できるからだ。1252夜『守破離の思想』にはこうある。「師弟相承のしくみのある稽古事は『夢の共有』をもたらす」
イシスというエディティング・ステートで、みながつねに編集状態であるためには、型とそれを継承する稽古が必要なのである。
「私も編集道の道中です」
吉村は入伝生と目線を同じくした。編集道の離は遠くに霞む。けれどたしかに、この花のむこうにあるはずだ。
写真:後藤由加里
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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2025-06-10
この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。
2025-06-10
藤森は人間の生と死のプロセスをノートに書きつけ、霊がどこに行くかをずっと考えてきた。そして人間が死ぬ場所としてドンピシャの高さを見つけ出している。それが檜の1本柱の上に建つ地上4mの《徹》だ。春になると満開の桜の中に茶室が浮かび上がる。桜は死を連想させる。この高さの絶妙さを目の当たりにすると、美しさだけでなく恐怖さえも感じてしまうのだ。
2025-06-06
音夜會の予習には『愛は愛とて何になる』(小学館)が是非ともおススメ。松岡校長も寄稿しています。
さらに、あがた森魚さんの映画監督第一作「僕は天使ぢゃないよ」は、なかなかの怪作なのでご興味のある方は是非どうぞ。
監督・脚本・主演・歌唱あがた森魚で、他にも横尾忠則、大瀧詠一、緑魔子、桃井かおり、山本コウタロー、泉谷しげる、鈴木慶一などなど無駄に豪華キャストなのに、なぜかヒロイン役が一般人(たぶん...)で、びっくりするほどのセリフ棒読み。さすがにこれはダメだろうと思いながら観ているうちに、だんだんこの子がいい感じに見えてくるから不思議。あがたさんの「愛の理想形」を結晶化させたような作品です。